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彼女は黄昏少女で、我々はアムネジアで


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(2009/08/22)
めいびい

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【amnesia】記憶喪失,健忘症

ホラー漫画ではなく、純愛漫画です。

「学校の怪談」・・・しかし、全ては人間の仕業。それは幽霊より怖く、醜い。

この学校に存在する本当の「幽霊」はヒロインである夕子さんのみ。彼女が忘れてしまった過去に繋がるのが、学校の怪談。

夕子さんが見え、触れることもできる主人公・新谷貞一は夕子さんと共に学校の怪談に挑む。

こんなお話です。

幽霊である夕子さんはその人が望まない限り、見えることはありません。一般人には意識しなければ見えない存在なのです。その存在を認識し、普通の人間のように接することができる新谷君は傍から見れば、本編で指摘されている通り「憑かれている」ともいえるでしょう。

しかしそれはホラー漫画としての見方。「ああ、好き合ってるんだな」と見れば、特別に意識しているということで、新谷君が夕子さんと触れ合うことができる理由もわかるものです。

さて、アムネジアとは記憶喪失のこと。夕子さんは自分が幽霊と化した、つまり死んだ時の記憶を捨てています。幽霊になるだけあって、それは未練残る死に方だったので。

それは本編で夕子さんの「影」となって現れます。それは目を背けたく成るような醜いものですが、それは生きている私たちにもついてまわっていることを物語は示します。人間、誰だって嫌な部分があり、それを切り捨てきれずに生きています。

その影の夕子さんとの対峙によって夕子さんは記憶を全て失いかけますが、新谷君という存在を通して「今」の肯定によって、記憶を一部取り戻します。

幽霊が現世を肯定し、それにより存在し続ける・・・皮肉な話ではあります。

夕子さんはある意味、生きている人間の「影」の部分ではないでしょうか。

幽霊というこの世にいない存在によって、この世に存在する我々を再認識する。

アムネジアなのは、夕子さんだけではなく、我々もそうであるかもしれません。

・・・とまあ、真面目に語っていますが、一風変わった学園モノとして面白いです。
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日記 | コメント(2) | トラックバック(1) | 2011/01/25 22:39

今年を振り返って


2010年は就職一年目ということもあり、働くことの厳しさを知った一年でした。生活のほとんどが仕事に塗り替えられ、4年間の大学生活の生活パターンからの変化の年でもありました。

去年からやり始めたツイッター。何回かオフを行い、ツイッターというものに奥行きを感じた年でもありました。・・・ツイッター自体は呟く回数が激減してしまいましたが。

今年もアマガミの年でした。アニメの放送もあり、アマガミのニュースには事欠かなかった感じはあります。絢辻さんへの愛を叫び続けた一年だったかもしれません。

アニメといえば、今年は劇場版ガンダム00を見れたことが大きく残っています。19年ぶりの新作映画、しかし宇宙人が出てくると前情報に不安はありましたが、見てみるとその不安は払拭され、ドハマりしている自分がいました。再びガンダムというものに目を向けさせたくれた作品でもあります。

・・・ですが、去年からの流れを大きく引き継いでいた年でもありました。新しいことはほとんど始まってなかった年でした。

来年は、もう少し新しい作品とかにも触れてみようかな、と思っています。

来年はいいことがありますように。
日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/31 23:40

俺の妹がこんなまんま肉まんなわけがない


働くモノニュース アニメやエロゲの中で一番の妹キャラって誰なの?

とりあえず美也がいて安心した。

妹といったらシスプリ直撃世代なんですが、全く話題になっていませんねえ・・・これが時間の流れか。最初に桐乃が来るのは時期的に仕方がないとはいえ。

ヨスガノソラとデュエルセイバーが出ていますが、妹キャラは病みやすいですね、やはり。ヤンデレが狂気で主人公の間合いに侵入してくる一方で、妹は「家族」というある意味最強の距離感で主人公の間合いに瞬歩もビックリの勢いで侵入しています。

ヤンデレは過程の段階で狂気を孕みますが、妹は既に結果として狂気を孕んでいるのです。妹キャラであるが故に。

にしても、妹キャラって結構キャラクターが固定気味な感じがしますが、妹という家族の形は千差万別だと思うので、もっと色々な属性でキメラと化してくれてもいいと思います。俺妹はそういう意味で面白い作品だな、と思います。

「妹」は桐乃ですが、「ヒロイン」は黒猫だと思っています。両者は違うものです。

・・・まあ。

一人っ子なんですけどね、私。

「妹」を知らないので、こんな妄言書けるんでしょうね・・・。
日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/20 00:10

殺人的な体力のなさだ!


唖然とした最終回といえば、でたまに挙げられる「まほろまてぃっく二期」最終回。見てみました。

原作終了前にこれやったんか・・・という内容。ある意味ネタバレですよね、これ。

ただそのネタバレな内容故に、原作がとうの昔に終了した現在なら逆に面白く見れます。最終回次回予告で実写が出てきた時には、「ああ、またガイナックスがやらかしたんだな・・・」と思ったりもしましたが。まあ、実際当時ならやらかした感は否めない。

ついでにこの前復活した「ただいまの風」の方も見てみました。こちらの方はまほろまてぃっくのスタンダードな話。つまりコメディの裏でシリアスが繰り広げられるお話でした。

数年たった今でもまほろさんの美しさは健在でした。

さて、今日は一日ゲームやっていました。にしても、全くゲームに集中できなくなったものです。

まず、据え置き機でやるだけで疲れる。

さらに、ガンダム無双3を買ったので余計に疲れる。

その結果、昼寝休憩を挟む。

ギャルゲーを連続で10時間ぐらいやってたあの頃にはもう戻れません・・・orz

まほろまてぃっくの話といい、ゲームが続かない話といい、どんどんオッサン臭くなってきてるような・・・。

ガンダム無双3自体は可もなく不可もなく、といったところです。

同時に買ったシャイニング・ハーツを方はこれからプレイする予定。最初は修道女でいく予定です。
日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/17 00:34

よく考えたら俺いらないな


明日は休みだったので、酒を飲みつつボッーと深夜アニメを見ていた。その最後に放送された「えむえむ」という作品を見て思った。

これも男性キャラ不要説の一つの到達点だと。

この「えむえむ」という作品、見た限りはドSのメインヒロインにドMだと自覚がある主人公が何だかんだでボッコボッコにされる作品みたいである。

ここで男性主人公に求められている役割は話を引っ張ることでも話の中心にいることでもない。

サンドバックというシンボルである。

ただ殴られるだけの主人公。重要なのはそれよりも殴る側の女の子の描写である。主人公はただ殴られてアヘ顔をさらしていればいいのである。

ヤンデレのブームに見られるような、男性側の位置の低下の一つの到達点がここにあるのだ。ヤンデレは女性側の持ち上げて(狂気という免罪符を使って)男性側を相対的に低下させるカタルシスみたいものが大きな魅力であったが、この「えむえむ」という場合、女性側を持ち上げた上に男性側を地べたを這う勢いで低下させている。ドMであるという理由までつけて。

ただハーレム願望という大きな願望が残されているのは、それが様式美になっているのか、男性側の最後の意地みたいなものだろうか。

じゃあ男性ではなくその辺のボールを殴ればいいじゃないか、という結論に達したのがけいおん!のような”日常系”と呼ばれる作品である。故にこの系統の場合は、男性という存在そのものを徹底的に廃した。その代わりに女性側の描写を極限まで高めたのである。なので、日常系においてシナリオが二の次でキャラクターが第一に来るのは当然のことなのである。我々が欲しているのは、「楽器を演奏するシーン」ではなく「楽器を演奏する女の子を描写したシーン」なのだから。

ラブプラスのヒットに見られるように、女性キャラクターは攻略するものから鑑賞するものに変化してきているのかもしれない。そこに男性は必要ないのである。

「えむえむ」の前に「薄桜鬼」という乙女ゲーのアニメが放送していたが、普通に見れた。というか、最終回だったらしく、面白かった。ただその時あった視点は「日常系」を見る視点だったかもしれない。少なくとも、主人公(女性)=視聴者(男性である私)を自己投影は不可能に近いのだ。

そんなことを考えた、午前三時半。
日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/12/15 03:35
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